一人勝ちアメリカ
の目醒めに期待



 元旦の朝のまばゆい陽光で、目を醒ます。天気晴朗が何日も続くと、えもいわれぬ明るい気分になって来る。
 今年はいい年になるのではないかという期待感と予想の中で迎えた正月四日は、ユーロの取引開始の日だった。円に対してもドルに対しても堅調な滑り出し、このことは天侯以上に私の心を明るくさせた。
 十一カ国の共通通貨の成立を、十一カ国の欧州合衆国の成立にまで結びつけて口にする人はなかなかいない。むしろ先行きの不透明感を強調して模様眺めの人々が殆どだが、多少の曲折はあっても、欧州合衆国の成立は必至だというのが私の見方だ。
 古くはアレクサンダー大王、シーザー、近くはナポレオン、ヒトラーさえ実現しかねた夢のまた夢を可能とする画期的なものだ。しかも武力によらずして、だ。いや、平和希求が正夢を生むのだ。人類未踏の新局面の展望が明るい気分を醸し出さないはずはないが、ユーロの堅調なスタートにはそれ以上の明るい含みがある。
 第二次世界大戦の終結後、世界は米ソという二超大国によっで分割統治された。両国にはベトナム戦争やアフガン戦争を含めて、数えきれないほどのドジもあったが、世界中の人々の人気取りのため、「こっちの水は甘いぞ」式の競争を演じてみせて、それなりのシンパを獲得したのだった。しかし結局はソ連がこけて、アメリカが勝利するという形で超大国の競争は決着を見た。
 それ以来、世界はアメリカの一人天下になった。数年間留学したアメリカの、長短さまざまな面を私は知っているつもりだが、アメリカは概していい国だし、今でも私の好きな国だ。青春を過ごし、知友もいれば、親戚もいる国なのだ。しかし一人天下になって以降のアメリカには、悪い面が出て来た。

米国が言う「自由化」とは

 オリンピックでも認定されているボクシング、レスリング、柔道といった格闘技は、いずれも重量級別に分けられて、同一級の者同士でなければ、同しリング上で争うことができないことになっている。最重量級の選手と最軽量級の運手が、同一リング上で闘うことは絶対にない。
 それなのにアノリカ産のコメと、その七倍も高い値段の日本のコノを同一市場で闘わせるのを、アメリカは自由化と呼ぶのだ。タイ産のコメの如きは、日本産のコメの十分の一以下の値段にすぎない。その市場競争を自由化とよんでよいのだろうか。自由化とは、このような格差を何らかの方法でならし、対等にして食味等で勝負させることなのではないかと考える。
 昨年一年間は地球全体が不景気の大波に洗われたといってよい。わが国の如きは不景気どころか、大恐慌の震源地になるのではないかと揺さぶられた。アジア発の大恐慌が起きれば、それは日本の責任だとも脅かされた。日本は戦々恐々として、アメリカのいいなりになった。
 ところが世の中を見渡してみると、当のニューヨークのウォール街だけが、わが世の春を謳歌しているではないか。アメリカは麻雀でいう一人勝ちなのだ。それもそのはず、自由競争をつきつめて行けば、限りなく弱肉強食に近づく。そしてこの競争で、アメリカに打ち勝てる国が見当たるだろうか。アメリカの一人勝ちは、必然的な結果なのだ。
 アメリカについて私の心を痛めていることが他にもある。アメリカにいる間に経験した十二月七日は、朝からまことに憂鬱だった。大東亜戦争の勃発した十二月八日は、アメリカでは十二月七日に当たる。昭和十六(一九四一)年のこの日、日本軍はハワイの真珠湾に停泊中のアメリ力太平洋艦隊に襲いかかり、それが戦争の発端になったのだが、アメリカのマスコミはこれに「宣戦布告なき戦い」「闇討ち」「汚い国家」などと悪罵の限りをつくす。日本人にしてこの日のこれら特集記事に気の沈まない人がいたら知りたい。
 ところがどうだ。昨年の八月二十日、アメリカは何らの宣戦布告も事前通告もなしに、グリラの根拠地を叩くという名目で、スーダンとアフガニスタンをミサイル攻撃したのだ。いかなる事情があるにしろ、両国は主権国家に変わりはない。日本にも、連合赤軍その他のゲリラは存在する。そこが他国から無断、無警告で攻撃された場合を想像してみるがよい。一体これで、アメリカには日本の真珠湾攻撃を非難する資格があるのだろうか。
 往年の道義国家アメリカよ、私の大好きなアメリカよ、一日も早く目醒めてほしいと願わずにはいられない。そして私にとって嬉しいのは、アメリカが正道に戻る道筋の見えて来たことだ。

欧州が生む対立軸

 ユーロの出現は、欧州合衆国の誕生を促し、必ず実現に漕ぎつけるだろう。それはまた政治的にも経済的にも、果ては文化的にもアメリカの対立軸、対抗軸になり得るものだ。かつてアメリカの対立軸、対抗軸として存在したソ連とは異なり、水と油のような政治や社会の形態ではなく、安心して交流し合え、学び合え、力になり合えるものなのだ。
 この存在がどれほどアメリカを牽制し、正道に戻しやすい力を発揮することか、計りしれないものがあると思う。
 アメリカの対立軸ないし対抗軸を構成している十一カ国の首相は、奇しくも以前は社会主義政党に属していた人たちだ。社会主義を一言でいえば、自由とは反対の、計画やら規制やらに重きを置く考え方だ。自由放任主義的なアメリカの対立軸、対抗軸がこのようなものであることに注目すべきだろう。
 ひるがえって日本の通貨「円」は、先人たちの努力の上に今日の経済大国を築く大きな役割を果たして来た。この「円」によって、アジア各国と協調をとげつつ、岡倉天心の「アジアは一つ」の実現に向かうべきなのだ。アメリカ、欧州に次ぐ第三極としてのアジア圏を形成し、互いに睦み合って行く世界こそ、二十一世紀に日本が目指す目標ではなかろうか。

(1999・1・9)




(これは、「月刊ベルダ 2月号(1999年)」に掲載されたものです)




 
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